月
https://www.tsuki-cinema.com/洋子
さとくん
陽子さん
重度の知的障害があるひとたちの暮らす施設で働くこと
社会が見ようとしない現実
綺麗事だけ
心はありますか
優生思想
出生前診断の結果によって命を選別すること
東へ西へ
7月26日、玉子、がってん寿司
実在の事件に取材したフィクションで、
これをフィクションとして消費して終わり、それでいいのかと投げ掛けられた映画だった
終わり方も結末までは書かれず、リアルと地続きのような印象を受けた
"こういう現実"が、ある
こういう現実について、さとくんはさとくんなりの答えを出さずにいられなかった
社会が現実に対して不誠実で、現場任せで、あまりに遠くなってしまっている(他人事で、関心がなくて、社会の部分として機能していない)から
さとくんを肯定するわけではないけれど
良心とか道徳とかそういうものって、あまりに"人間"に都合よく考えられているので
社会的な存在(社会と確かにつながっている場所に身を置いている実感、最低限人間的な存在でいられている実感)としての自己があるから成り立つのかなと思う
そこから断絶したところにいる個人にそれを求めることって不条理な気がしてしまった
そこにいたけど、そういうものを見失わない人もいるよねとか、そういう話ではない。元々持ってたとか持ってなかったとか、そういう話でもない
この映画の元になった事件に限らず、で、完全に個人の意見になるけれど
あの事件もその事件も、そのひとのところにカードが集まってしまっただけで、たまたま自分じゃなかっただけだってずっと思っている
誰かが何かを必要以上に抱え込むことを止められない機能不全社会
腐敗した政治は社会を変えられず、個人の行動が問題提起をする結果を招いている
私たちは、民主主義の結果として何かを確かに変えていかなければならないのだと思う
でも何を変えたらよくなるのかが分からない
変えなければいけないものが何か分かるまで、問い続けることがまずは求められている
安穏とした今の生活を送っている全員が、いま世の中で起きていることのすべてが自分のことだと思わなければ、これからも何も変わることはない
かつてあったことは、これからもあり
かつて起こったことは、これからも起こる。
作中の「コレヘトの言葉」は、警鐘としても引かれていたのだと思う