「おかえりモネ」を見ています
宮城・登米が舞台で、伊達政宗の言葉が書になって壁に掲げられています
貞山政宗公 遺訓
仁に過ぐれば弱くなる
義に過ぐれば固くなる
禮に過ぐれば諂(へつらい)となる
智に過ぐれば嘘をつく
信に過ぎれば損をする
五常を重んじることは大事だけど、過ぎたるは…ということでしょう
Wikipediaによるとこの言葉は伊達政宗説、水戸光圀説、林子平説があるみたいです
少し前に、古典は必要かといった感じのトピックが取り沙汰されていたかと思います
ここで取り上げるにしても全くの不勉強で、古典不要論の人がどういう立場で物を言っているのか詳しく知らないのですが
こういう、古くからあるものを吸収していくことって、今こそ求められているんじゃないかと思う
消費で終わるのではなく吸収する
儒教の仁義礼智信をコンテンツとして消費したら、そこで終わりで、伊達政宗は吸収したってことなんだよね
吸収してそこから何を再生産するかというのが、これからの消費の姿勢になっていかなければならない
ゆとり教育やセンター試験対策の学習や情報化した社会が、今の消費スタイルを生んだ
表向きにははっきりと言おうとしないけど教育の敗北だよ
慌てて手を出しはじめたプログラミング的思考なんてまさに再生産の活動だけど、この付け焼き刃のような危ういやつもコンテンツとして消費されたらおしまいですよね
これから情報機器を使いながらコピー&ペーストと戦わなくちゃいけない
たぶん古典や伝記に考えさせられるような追体験が下地としてもっと必要で、さらに世界中にあふれている事象にもっと触れておくべきなんだと思う
再生産、してください